目次>◆煙管--1916

 

煙管(きせる)--芥川龍之介

加州(かしゅう)石川郡(ごおり)金沢城の城主、前田斉広(なりひろ)は、

参覲中(さんきんちゅう)、江戸城の本丸(ほんまる)へ登城(とじょう)する毎に、

必ず愛用の煙管(きせる)を持って行った。

当時有名な煙管商、住吉屋七兵衛(すみよしやしちべえ)の手に成った、

金無垢地(きんむくじ)に、剣梅鉢(けんうめばち)の紋(もん)ぢらしと云う、

数寄(すき)を凝(こ)らした煙管(きせる)である。

加賀百万国が形となった煙管に、皆の注意が行くのが斉広には気持ちが良かった。

ところで、その煙管を一番気にするのはお坊主の階級であった。

しかし彼らは煙管が金だということで、とても拝領したいなどとはいえない。

そこを河内山宗俊は違った。彼は斉広の元にいって、煙管を拝領したいといってみせたのだ。

斉広は斉広、で拒んでケチなどと思われたくはないという思いがあったので、

宗俊に煙管を渡してしまった。これを聞いて慌てたのは前田の家臣である。

3人の役人たちは、お坊主がつけあがって煙管を拝領しに来ないよう、煙管をまず銀で作らせた。

すると金より身近になったからか、余計に坊主がたかりにくる。

そこで今度は真鍮で作らせた。ただし、斉広が金で作れというから、金に似せてである。

すると初めは金だと思って宗俊が寄ってきたが拝領してから真鍮だと判り、

もう寄りつかなくなった。

そこで、一時、真鍮の煙管を金と偽(いつわ)って、斉広を欺(あざむ)いた三人の忠臣は、

評議の末再び、住吉屋七兵衛に命じて、金無垢の煙管を調製させた。

前に河内山にとられたのと寸分もちがわない、剣梅鉢の紋ぢらしの煙管である。

――斉広はこの煙管を持って内心、坊主共にねだられる事を予期しながら、揚々として登城した。

すると、誰一人、拝領を願いに出るものがない。

今度はこっちから声をかけた。

「宗俊、煙管をとらそうか。」

「いえ、難有(ありがと)うございますが、手前はもう、以前に頂いて居りまする。」

宗俊は、斉広が飜弄(ほんろう)するとでも思ったのであろう。

丁寧な語の中(うち)に、鋭い口気(こうき)を籠めてこう云った。

斉広はこれを聞くと、不快そうに、顔をくもらせた。

長崎煙草の味も今では、口にあわない。急に今まで感じていた、百万石の勢力が、

この金無垢の煙管の先から出る煙の如く、

多愛(たわい)なく消えてゆくような気がしたからである。……

古老(ころう)の伝える所によると、

前田家では斉広以後、斉泰(なりやす)も、慶寧(よしやす)も、

煙管は皆真鍮のものを用いたそうである、事によると、これは、

金無垢の煙管に懲(こ)りた斉広が、子孫に遺誡(いかい)でも垂れた結果かも知れない。

 
 
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